2021/07/27 PRESS RELEASE:
Liquid-sulfur/sulfide composite cathodes toward high-rate magnesium rechargeable batteries
液体硫黄を活用した高速充放電可能なマグネシウム電池用正極複合材料の開発に成功

液体硫黄を活用した高速充放電可能なマグネシウム電池用正極複合材料の開発に成功


Journal of Materials Chemistry A

東北大学
東北大金属材料研究所
日経新聞

【発表のポイント】
● 中温イオン液体中で硫化鉄などの硫化物から金属成分を電気化学的に脱離することにより、液体硫黄/硫化物複合材が作製可能であることを示しました。
● マグネシウム電池系において,従来型酸化物系正極材料の充放電速度のおよそ100倍に迫る高速充放電が可能であることを実証しました。
● 硫化物からの金属成分脱離により生成した液体硫黄は非平衡状態にあり、未緩和状態における放電では、通常より高い起電力を示しました。

【概要】
次世代蓄電池であるマグネシウム蓄電池の正極材料候補として酸化物系材料が検討されていますが、より高容量を実現できる硫黄系正極材料の研究が近年盛んに行われています。

東北大学金属材料研究所の下川航平助教(本務:学際科学フロンティア研究所)、古橋卓弥氏(東北大学大学院工学研究科 修士課程学生)、および市坪哲教授らの研究グループは、同研究所の加藤秀実教授ら、産業技術総合研究所の松本一上級主任研究員と共同で、電気化学反応を利用したトップダウン的手法により、マグネシウム蓄電池正極に適した高性能な硫黄/硫化物複合材料の作製に成功しました。この硫黄系複合材料は、マグネシウム蓄電池用正極材料として蓄電容量、充放電速度、サイクル特性などの点において高い性能を有することが示されました。また、充電直後の硫黄の非平衡状態(高いエネルギー状態)を利用することにより、熱力学的に想定される電位よりも高電位で放電できることも示されました。これは硫黄の新しい利用法を示すものであり、今後の硫黄系正極材料の開発に拍車をかける結果であると期待されます。

本成果は、2021年7月26日10時(英国時間)に英国王立化学会の学術誌「Journal of Materials Chemistry A」にオンライン掲載されます。

【詳細な説明】
○研究背景
持続可能な社会を実現する上で、蓄電池の性能向上が喫緊の課題となっています。例えば、電気自動車などの車載用の電池としては、航続距離の観点からエネルギー密度が重要であることに加えて、安全で安価な材料が利用されていること、さらに高速充放電が可能であることが求められます。従来、蓄電池の正極材料には酸化物系のインターカレーション材料が一般的に用いられてきました。しかし、その容量や電位は理論的に達し得る限界に近づいており、飛躍的な性能向上のためには他の材料系を探査する必要があります。そこで、硫黄を活物質として利用した正極材料に近年注目が集まっています。硫黄の理論容量は酸化物系インターカレーション材料をはるかに凌駕することに加えて、資源的に豊富であることも魅力です。

硫黄系の正極材料は、現在広く利用されているリチウム電池系だけでなく、次世代蓄電池の候補である多価イオン蓄電池の正極としても注目されています。特に、負極に高容量のマグネシウム金属を利用できるマグネシウム蓄電池は、エネルギー密度の高い蓄電池系として有望です。負極にマグネシウム金属、正極に硫黄を利用した蓄電池の理論エネルギー密度は約1700 Wh/kgに達し、これは、従来型のリチウムイオン電池(正極:コバルト酸リチウム、負極:グラファイト)の理論エネルギー密度(約370 Wh/kg)を大きく上回る値です。しかし、硫黄系正極には課題もあります。まず、硫黄の電気伝導性が低いことから、導電性物質と混合して利用する必要があります。そのため、従来は炭素系材料とのナノサイズ複合体を作製するアプローチが主流でした。しかし、一般に煩雑な工程が必要であることに加えて、硫黄やその反応中間体が電解液中へ溶出することが問題でした。また、特にマグネシウム蓄電池においては、固体内でマグネシウムイオンの拡散が遅いことが原因で、高性能の正極材料を得ることは困難でした。

○成果の内容
本研究では、硫黄系正極材料の新しい作製法として、金属硫化物から金属元素成分を電気化学的に脱離(正極材料の充電反応に対応)することにより、図1に示すような液体硫黄(活物質)とポーラス状の硫化物(導電性フレーム)から成る複合体を得る活物質コンセプトおよびその製法を提案しました。電解液にイオン液体を用い、硫黄の融点(120℃程度)より高い150℃付近の昇温下で作動させることにより、高速の液体反応を利用することが可能になります。さらに、ポーラス状の硫化物が導電性を担保すると同時に、硫黄を正極内に閉じ込めて電解液への溶出を防ぐ役割を果たします。本コンセプトを実証するために、出発材料の金属硫化物として二硫化鉄を用いて電気化学的に液体硫黄(S)/二硫化鉄(FeS2)複合材料を作製し、その充放電特性を評価しました。また、種々の分析手法を用いて、その充放電機構の詳細を調査しました。

二硫化鉄の粉末を担持した電極を作製し、150℃のイオン液体中で電気化学試験を行った結果、生成した硫黄(活物質)基準で1246 mA/gという高電流密度(酸化物正極では10~20 mA/gが通常よく用いられる電流値)で約900 mAh/gという高容量の充放電が可能であることが明らかとなりました(図2)。ここで、初回充電は二硫化鉄からの鉄の脱離反応に対応します。その後の放電時はマグネシウム基準で約2 Vの高電位を保っており、液体反応を利用した高速放電が実現していることが分かります。続く充電では、おそらく反応中間体の生成に起因して二段階の反応が見られますが、後続の放電反応でも実容量が保たれていることから、高効率で活物質の再充電が可能であることが分かります。実際に、充放電前後の電極の結晶構造および電子状態を分析した結果、充放電時の可逆性は極めて高いことが明らかとなりました。さらに、組成分析の結果から、生成した液体硫黄が放電時にマグネシウムと反応し、正極材料として機能していることも確認されました。

また、放電後の電極の断面を観察した結果、鉄の脱離により二硫化鉄粒子の表面近傍に細孔が形成し、そこに残存した液体硫黄が充放電反応に寄与していることが示唆されました(図3)。例えば図中の枠線で囲んでいる領域では、細孔部において検出される鉄の強度が著しく減少している一方で、硫黄には大きな変化が無いことから、鉄の脱離により生成した硫黄が粒子内に担持されていることが分かります。また鉄の代わりにマグネシウムが検出されることから、生成した硫黄がマグネシウムと反応(電池の放電反応に対応)していることが裏付けられます。この結果は、図1で示したコンセプトの妥当性を支持するものです。液体状態の硫黄を利用するためには、それを担持する容器が必要になりますが、部分的な鉄脱離後に残存したポーラス状の二硫化鉄粒子がその機能を果たしていると言えます。また、二硫化鉄を担持した電極における液体硫黄の濡れ性が高いことを確認しており、そのような硫化物と液体硫黄の相性の良さも充放電特性の向上に寄与していると考えられます。

さらに、高速充電後すぐに放電を開始することで、従来よりも約1 V高い電位において放電反応が進行することが明らかとなりました(図4)。同じ条件で充電を行った後に一時間放置してから放電すると、このような高電位での反応は観測されないことから、高速充電(鉄の脱離)により生成した液体硫黄が非平衡状態(高いエネルギー状態)であったことが示唆されます。これは、金属硫化物を出発材料として液体硫黄を生成する本研究独自のアプローチにより初めて見いだされたものであり、とても興味深い現象であると言えます。反応機構の詳細な解明が今後望まれますが、硫黄系正極を用いた蓄電池の放電電圧を引き上げる方策として有望です。

本研究で提案した正極材料のサイクル特性を評価するために、高耐熱性の結着剤を用いた電極を作製して充放電試験を行ったところ、50回以上の安定した充放電サイクルを行うことができました(図5)。一般にサイクル特性に課題がある硫黄系正極において、このような高いサイクル特性が得られたことは特筆すべきことです。その理由としては、(i)液体状態の硫黄を利用することで構造変化の可逆性が向上したこと、(ii)硫黄の溶解度が低いマグネシウム系イオン液体を電解液に用いることで溶出を低減したこと、(iii)ポーラス状の硫化物が液体硫黄を担持しながら導電性を担保するフレームとして機能して、硫黄利用率の低下を抑制できたことが考えられます。
本研究で用いた二硫化鉄(FeS2)の他に、二硫化コバルト(CoS2)や二硫化チタン(TiS2)を用いても同様の良好な充放電特性が得られたことから、本研究コンセプトは多くの硫化物に適用可能であることが明らかとなりました。このような材料設計の幅の広さから、今後の研究によってさらなる正極性能の向上が期待されます。

○意義・課題・展望
本研究成果は、これまでは室温での固体反応の速度が遅いことが常であった多価イオン蓄電池において、中温程度の液体系にて高速充放電が可能であることを実証した点、またそのような高性能な正極材料を比較的簡便な電気化学プロセスにより合成できることを示した点、そして液体硫黄とマグネシウムの反応は非常に相性が良いことを実証できたという点で意義深いと考えられます。

一方で、この材料を利用した蓄電池の構築に向けては、まだ課題が多く残ります。硫黄系正極の一般的な問題点として、充放電時の電解液中への溶出が挙げられます。本研究では、硫黄をポーラス状の硫化物粒子内に担持し、また硫黄の溶解性が低いイオン液体を利用することでこの溶出を大幅に低減することに成功していますが、完全に溶出を抑制するためにはさらなる設計指針を考案する必要があります。また、リチウム系電解液において溶出を防ぐことは、この複合活物質を利用しても困難であり、マグネシウム系と比べて充放電時の容量低下が促進されてしまいます。したがって、本複合活物質材料はマグネシウム蓄電池に比較的に適していると言えます。また、本研究で使用したイオン液体系電解液は高い酸化端を有することから正極評価には適していますが、マグネシウム金属負極の電析(充電)はできないので、マグネシウム蓄電デバイスには利用できません。よって本複合活物質を利用した蓄電デバイスの開発に向けては新規イオン液体系電解液の開発も必要です。

本研究では正極材料単体の特性という点において良好な充放電特性を示すことができました。これは、これまでは炭素系材料とのナノサイズ複合体が主流であった中で、硫黄系正極の利用法として新たな選択肢を与える成果であると考えられます。この成果は、安全・安価・高エネルギー密度かつ高速充放電が可能な次世代蓄電池の材料開発への貢献が期待されます。

○発表論文
雑誌名: Journal of Materials Chemistry A
英文タイトル: Electrochemically Synthesized Liquid-Sulfur/Sulfide Composite Materials for High-Rate Magnesium Battery Cathodes
全著者: Kohei Shimokawa, Takuya Furuhashi, Tomoya Kawaguchi, Won-Young Park, Takeshi Wada, Hajime Matsumoto, Hidemi Kato, Tetsu Ichitsubo
DOI: 10.1039/d1ta03464b