2021/08/23 PRESS RELEASE:
Accelerated Kinetics Revealing Metastable Pathways of Magnesiation-Induced Transformations in MnO2 Polymorphs
ポスト・リチウム蓄電池の開発に前進 マグネシウム蓄電池正極材料開発に向けてMnO₂を使いこなす

ポスト・リチウム蓄電池の開発に前進 マグネシウム蓄電池正極材料開発に向けてMnO 2を使いこなす

Chemistry of Materials
東北大学
東北大金属材料研究所

【発表のポイント】
● 昇温下での電気化学的Mgイオン挿入により、拡散律速により室温では明瞭に見えなかったMnO2多形の相変態挙動を新たに浮き彫りにしました。
● Mgイオンの挿入・脱離を許容しつつも、構造的頑強さを維持するいくつかの構造体を発見しました。
● 第一原理計算の援用により、構造不安定ではあるが理想的なトポタクティック挿入が可能と予想される構造体を同定しました。
● MnO2をベースとする活物質を正極とするマグネシウム蓄電池の開発加速が期待されます。

【概要】
二酸化マンガン(MnO2)はアルカリ乾電池やリチウム電池の正極に用いられる身近な材料です。MnO2の結晶構造には、電池材料として広く使われてきたγ型以外にも、結晶多形と呼ばれるα、β、δ、λ型など、同組成の異なる構造が存在します。 東北大学金属材料研究所の畠山拓也氏(東北大学大学院工学研究科 博士課程学生)および市坪哲教授らの研究グループは、ヘルムホルツ研究所ウルム・カールスルーエ工科大学のMaximilian Fichtner 教授との共同研究により、拡散律速のために室温では十分に見られなかった反応を、中温域での電気化学反応により浮き彫りにしました。そして、いくつかのMnO2の多形構造は、マグネシウムイオンの挿入が可能であり、挿入後も母構造を堅持できる(トポタクティック反応)という、MnO2の新たな側面を発見しました。この発見により、MnO2をベースとする活物質を正極とするマグネシウム蓄電池の開発が加速するものと期待されます。本成果は2021年8月18日に、Chemistry of Materials 誌にオンラインで公開されました。

【詳細な説明】
○研究背景
最近、ポストリチウムイオン電池として多価イオンを使った蓄電池の研究開発が盛んになされております。多価イオン蓄電池開発を目指す理由は、リチウム以外の蓄電池システムを開発できれば資源的に豊富で安価な元素を使って蓄電デバイスを構築することができるからです。しかし、多価イオンは正極固体内部でのイオンの移動が一価イオンに比べて非常に遅いことから、酸化物正極開発は難航している状況と言えます。 二酸化マンガン(MnO2)は、四価マンガンの価数変化によって良好な酸化還元反応特性を示すことから、アルカリ乾電池やリチウム電池の正極材料として広く用いられています。既によく知られありふれた物質であることから、マグネシウム蓄電池※1の研究初期段階において、MnO2を正極活物質として適用しようとする試みがありました。リチウムイオン電池の場合と同様に、マグネシウム蓄電池の正極材料においても、マグネシウムイオンを母構造※2中にその構造を壊さずに可逆的に挿入脱離できる特性(トポタクティック反応※3とよぶ)が求められます。 しかし上述のように、マグネシウムイオンの挿入反応はマグネシウムイオンの拡散律速※4 のために、室温におけるマグネシウム挿入実験では、マグネシウムイオンが正極粒子表面で局所的に濃化しやすく、結果的に粒子表面上で熱力学的最安定相であるMgO岩塩相が不均一に形成されるなどが起こり、Mgイオンが本当に挿入可能なのかどうか、という MnO2本来のマグネシウムイオンの挿入脱離特性は明確ではありませんでした。さらに、マグネシウムイオン挿入は、構造変化を誘起する可能性があるため、たとえマグネシウムイオンが挿入されたとしても母構造を維持できるのかどうか、などの問題は未解決でした。 一般に、可逆的なマグネシウム挿入脱離の実現可能性は、母構造の構造安定性に依存します。MnO2では α、β、γ、λ、δ 型構造と呼ばれる結晶多形※5が存在することから、マグネシウムイオン挿入による多形の相変態挙動を把握することは、マグネシウムイオンに適した母構造情報を探求する上で重要となります。

○成果の内容
本研究では、α、β、γ、δ、λ型構造を有するMnO2の5種類の結晶多形を準備しました。昇温下(150℃)での電気化学的マグネシウムイオン挿入により、固体内拡散を促進させることによって、二酸化マンガン粒子全体にできる限り均一にマグネシウムイオンを浸透させることが可能となります。それによって室温の拡散律速下では見えなかった二酸化マンガン多形の相変態挙動を新たに浮き彫りにしました。マグネシウムが挿入された二酸化マンガン多形は母構造によらず、すべての多形においてスピネル型構造や岩塩型構造に相変態する傾向が確認されました。第一原理計算※6による検討の結果、図1に示すように、マグネシウム挿入に伴ってスピネル構造そして岩塩構造が安定構造であることが示されましたので、この実験結果は理論計算結果と合致しております。λ型MnO2は非常に安定なMgMn2O4スピネル化合物から、Mg原子がすべて取り除かれた構造であり、エネルギーの観点からは非常に不安定となります。よって、150℃においてはその構造は安定に維持することはできませんでした。とはいえ、λ 型構造は、マグネシウム挿入前は構造的な不安定性が高いものの、理想的なトポタクティック挿入によって高容量にマグネシウムを収容できる唯一の構造体であることが判明しました。我々の最近の研究において、λ 型と同型のZnMnO3という化合物のサイクル性が非常に高いことが示されていますが、このことは本研究とも非常によく整合します。 そして本研究における特に重要な点は、マグネシウムイオンの脱離・挿入を許容しつつも、構造的な頑強さを維持する構造体が存在するということを見出したことです。これらのMnO2の構造体は、α型およびγ型構造となりますが、α型MnO2においては200 mAh/g、γ 型 MnO2においては100 mAh/g 程度のマグネシウムイオン挿入がなされたとしても、それらの初期構造が維持されることが判明しました。これは、これらの構造体が、マグネシウムイオン挿入によりMgOやMnOなどの岩塩構造への相変態が誘起される傾向に対して、準安定的※7に耐性があることを意味しており、構造安定性が比較的高いことを意味しております。このような安定相へ構造変化する化学的な力(変態の駆動力)に対抗する準安定的な構造耐性がある α 型 MnO2は、100mAh/g 程度であればサイクル的にマグネシウムイオンの脱挿入を可能にすることが示されました。

○意義・課題・展望
リチウムイオン電池では、通常リチウムイオンを含んだ複合酸化物を正極に用いて、負極には現状炭素系材料を用います。そして充電を行うと、正極からリチウムイオンが脱離し、炭素系負極に挿入されますが、その際には脱リチウム化した後の正極の準安定性が重要になります。一方、マグネシウム蓄電池の場合には、負極にマグネシウム金属を使うことが想定されているため、正極には必ずしもマグネシウムを含んでいる必要はありません。よって、この研究で示すような MnO2のように初期構造として比較的安定な化合物を使うことも可能です。この際に、マグネシウムが挿入されたときに実現する可能性が高い準安定な構造体が使用温度で維持されるかどうか?という問題は非常に重要です。 二酸化マンガン多形のマグネシウム蓄電池正極としての適用可能性を実証した本成果は、今後のマグネシウム蓄電池正極開発を飛躍的に推進することが期待されます。正極への適用のため更に取り組むべき課題として、スピネル構造や岩塩構造の生成抑制や、不安定性の高い母構造の安定化が挙げられます。今回の研究は、このような問題点を指摘し、そして正極開発に向けて重要な指針を与えるものとなります。

○発表論文
雑誌名: Chemistry of Materials
英文タイトル: Accelerated Kinetics Revealing Metastable Pathways of Magnesiation-Induced Transformations in MnO2 Polymorphs
全著者: Takuya Hatakeyama, Hongyi Li, Norihiko L. Okamoto, Kohei Shimokawa, Tomoya Kawaguchi, Hiroshi Tanimura, Susumu Imashuku, Maximilian Fichtner, and Tetsu Ichitsubo
DOI: 10.1021/acs.chemmater.1c02011