2021/07/13 PRESS RELEASE:
Strain effect on Pt-Ni catalysts revealed by BCDI
燃料電池などで使われる酸素還元用合金触媒の 高性能化機構を解明

燃料電池などで使われる酸素還元用合金触媒の高性能化機構を解明
~触媒表面の歪を利用した高活性な触媒の開発へ期待~


Nano Letters

東北大学
東北大金属材料研究所
日経新聞

【発表のポイント】
●燃料電池の高効率化の鍵となる、酸素極の合金触媒能を向上する機構を解明しました。
●ブラッグコヒーレント回折イメージング(BCDI)を用いることで、合金触媒粒子に内在する歪を可視化することに成功しました。
●表面近傍の歪は,合金粒子の初期組成に依存し、触媒活性に大きな影響を与えることを明らかにしました。

【概要】 
燃料電池や空気電池の高効率化には、電気化学反応を促進するための触媒の高性能化が求められます。これまでは、複数の金属元素を混合した合金触媒が用いられてきましたが、どのような組成や構造の時に高活性な触媒が得られるかについての理解は進んでいませんでした。
東北大学金属材料研究所の河口智也 助教と市坪哲 教授は、米国アルゴンヌ国立研究所Hoydoo You博士ら、スロバキア・シャファーリク大学Vladimir Komanicky教授らとの共同研究により、合金触媒の表面近傍に予め内在させた歪が、合金触媒能を向上させることを明らかにしました。
本研究で用いた解析手法や知見は、高効率な合金触媒の合理的な材料設計に貢献するものと期待されます。本成果は2021年7月12日10時(米国東部時間)に、Nano Letters誌にオンラインで公開されます。 

【詳細な説明】
○研究背景
 貯蔵したエネルギーの有効利用を行うために、燃料電池や金属空気電池の高効率化が求められます。これらの電池では、酸素還元反応(oxygen reduction reaction: ORR)が全体の反応速度を決める律速段階であることが知られており、電池全体の高効率化にはORRの促進が必要です。ORRの促進には一般に白金系触媒が用いられてきましたが、高価なプラチナ(Pt)の使用量の低減や高活性化のために、ニッケル(Ni)などのその他の卑金属との合金化が行われています。しかし実際の電池の動作環境下では、合金触媒中に含まれる卑金属の一部は粒子の表面から電解液に溶け出してしまい、電解液に溶けにくいPt原子は、合金触媒粒子の表面に取り残されます。その結果、取り残されたPtは合金触媒粒子の表面を殻(シェル)のように覆い、いわゆる「Ptシェル」が形成されます。ORRは触媒粒子の表面で進行するため、表面がPtで覆われた触媒粒子の性能は、純Pt触媒と同程度と予測されます。しかし驚くべきことに、合金触媒ではこのようなPtシェルが形成された後であっても、純Ptに比べ優れた活性を示します。このような高い活性は、触媒表面に誘起された格子歪が原因であると予測はされていたものの、触媒が直径数nm程度の非常に小さな粒子であることや、歪の観察には動作環境下での「その場観察」が必要であることなどから、粒子表面の歪の解析や触媒活性との関連は明らかではありませんでした。
 本研究で粒子の観察に用いたブラッグコヒーレント回折イメージング(BCDI)法は、短い波長を有するX線の高い空間分解能を利用した、レンズを用いないX線顕微法の一種です。この手法では、レーザーのように非常に並行性と単色性の高い「コヒーレント」な放射光X線を用いて、測定対象とする粒子からのブラッグ回折※5とその周囲に広がるスペックルパターン※6を測定します。次に、測定データを基に光学顕微鏡のレンズに相当する演算を、計算機を用いて代わりに行うことで、測定した回折強度分布から、粒子の電子密度の三次元分布を計算機内で再構成します。この手法では、X線の高い透過能に加え、試料の微小な回転(およそ1~2度程度)で試料の三次元像が得られることから、本研究で対象とした触媒粒子を始めとする結晶性試料のその場観察に適しています。
 BCDIではX線散乱強度の観察に、結晶格子の変位に敏感なブラッグ回折を用いるため、得られる電子密度分布は本来の単純な実数ではなく、位相として結晶格子の変位情報を含む複素数となります。複素電子密度の絶対値として与えられる電子密度分布からは、粒子の形状を評価することができます。また位相情報は格子の変位を反映するため、そこから粒子内の弾性歪分布がわかります。したがってこれらの情報を用いることで、卑金属元素が溶出した後に合金粒子の表面に誘起された歪を評価できる可能性があります。
 そこで本研究では、様々な組成を有するPt-Ni合金ナノ粒子(粒径約200 nm)を対象に、電気化学的にNiを溶出する処理を行う前後やその過程で、粒子内部で歪が誘起されていく様子を、BCDIを用いて観察し、詳細に解析しました。

○成果の内容
 本研究で着目した3種類の組成の粒子(Pt2Ni3、 Pt1Ni1、 Pt3Ni2)に対して、Niの電気化学的な溶解の前後でBCDI測定を行った結果、いずれの粒子もNiの溶出に伴う粒子の縮小や、粒子内部での歪の発生が観測されましたが、その程度は粒子の組成に大きく依存していました。そこでこれらの情報を基に粒子のモデルを構築し、触媒活性に大きな影響を与えると考えられるPtシェルにおける歪み量を評価しました。その結果、いずれの粒子もNiの溶出後には、粒子表面近傍において円周方向に大きな圧縮歪が生じていることが明らかとなりました。また、歪の大きさの組成依存性は、触媒活性の組成依存性とよく合致していました。したがって、合金触媒における触媒活性は、触媒表面における歪が大きな影響を与えることが明らかとなりました。

○意義・課題・展望
 本研究により、合金触媒における触媒活性は、粒子表面に誘起される歪が大きな影響を与えることが明らかになりました。このような歪は、表面に形成される純Ptに近い組成を有するPtシェルと、粒子内部のPt-Ni合金との間の、格子定数の違いに起因します。また、形成されたPtシェルの厚みも、粒子表面の歪の大きさに影響を与えます。これらのパラメーターは合金触媒粒子の組成やその分布に依存します。したがって、これらの知見に基づき適切な合金組成を設計することにより、粒子表面に誘起される歪量を最適化し、より高い活性を有する触媒の開発が進むことが期待されます。またその際には、狙いの材料が期待通りの挙動や性能を発揮するかを評価するために、誘起された歪を「見る」技術が材料設計には必要不可欠です。本研究で提案した解析手法はこの「見る」技術を提供し、材料開発をより加速させると期待されます。
 今後の課題としては、BCDI空間分解能の向上が挙げられます。現状の典型的なBCDIの空間分解能は10 ~数十 nm程度であり、これは一般的な触媒粒子(粒径数nm)より大きいため、そのような粒子の形状を直接観察することはできません。そのため、本研究では比較的大きい粒子を(粒径約200 nm)モデル系として用いて上記の解析を行い、結論の一般性が大きく失われないよう様々な検証を行っています。とはいえ、高い空間分解能でより詳細に、より実際の触媒に近い粒子を観測することで、新たな発見がある可能性があります。BCDIの空間分解能は、測定に用いる放射光X線強度に依存します。現在建設中の次世代放射光施設では高い強度のX線が利用できますので、その完成によりBCDI測定の高空間分解能化、ひいてはそこで新たに得られるであろう知見を基にした、触媒開発のさらなる加速が期待されます。

○発表論文
雑誌名:Nano Letters
英文タイトル:Electrochemically Induced Strain Evolution in Pt-Ni Alloy Nanoparticles Observed by Bragg Coherent Diffraction Imaging
全著者:Tomoya Kawaguchi, Vladimir Komanicky, Vitalii Latyshev, Wonsuk Cha, Evan R. Maxey, Ross Harder, Tetsu Ichitsubo, and Hoydoo You
DOI:https://doi.org/10.1021/acs.nanolett.1c00778