反応中の合金触媒の多様な組成変化を可視化しました.低コスト・高効率な合金触媒設計への貢献が期待されます.
Physical Review Letters 123, 246001 (2019)
2019年12月16日 14:00 | プレスリリース・研究成果
【発表のポイント】
●自動車の排ガス装置などに使用される合金触媒の組成変化を、実環境に近い状態下でリアルタイムに観察することに成功
●合金触媒の粒子の組成分布が、外部環境に応じて著しく変化する詳細な様子を世界で初めて観測
●本結果の知見は高性能な合金触媒の設計に貢献することに期待
【概要】
燃料電池の電極や自動車の排ガス浄化装置 には、化学反応を促進する合金触媒が使用され、これらの機器の動作で重要な役割を果たしています。合金触媒では、外部環境によって触媒粒子表面の組成が変化し、それに伴い触媒能も大きく影響を受けます。そのため、より高性能な合金触媒を設計するためには、粒子の組成分布がこれらの環境下でどのように変化するのかをリアルタイムで観察する、すなわち「その場観察」を行う必要があります。しかし、気体や液体と反応中の触媒粒子は1 μm以下と微小なため観察が難しく、実現には高い物質透過能と高分解能を両立した観測方法の確立が課題でした。
東北大学金属材料研究所(市坪研)の河口智也助教は、米国Argonne国立研究所Hoydoo You博士、ドイツ電子シンクロトロン研究所(DESY)、ドイツ・Hamburg大学、ロシア・National Research Nuclear大学の研究者との共同研究により、物質透過能と高分解能を両立するX線を用いた、ブラッグコヒーレント回折イメージング法を用いることで、微小粒子内の組成分布とその変化をその場観察することに世界で初めて成功しました。
具体的には、直径約200 nmの微小な白金・ロジウム合金触媒粒子を様々な環境下で観察しました。触媒反応が起こりやすい酸化還元環境や温度下に置くと、そうした外部環境の変化に応じて粒子内の組成分布が様々に変化する こと(例えば、酸化環境では粒子表面近傍のロジウム組成の希薄化が顕著になるなど)が明らかとなりました。
本分析技術や本研究で明らかとなった知見は、より高性能な合金触媒の設計・開発に貢献すると期待されます。本成果は2019年12月19日に「Physical Review Letters」に掲載されました。
【詳細な説明】
○研究背景
遷移金属やそれらの合金のナノ粒子は、燃料電池や自動車の排ガス浄化装置、化学合成などの多岐に渡る分野で、化学反応並びに電気化学反応を促進する触媒として用いられます。これらの合金触媒粒子は、反応する環境下において、その形状や組成分布が変化することで、触媒表面で進行する(電気)化学反応の触媒能に影響を与えることが知られています。したがって、反応環境下における合金触媒粒子の組成分布をリアルタイムで観察する「その場観察」を行うことは、合理的な触媒設計に必要不可欠です。
本研究で用いたブラッグコヒーレント回折イメージング(BCDI、※1)法は、短い波長を有するX線の高い空間分解能を利用した、レンズを用いないX線顕微法の一種です。この手法では、レーザーのように非常に並行性と単色性の高い「コヒーレント(※2)」な放射光(※3)X線を用いて、測定対象とする粒子からのブラッグ回折(※4)とその周囲に広がるスペックルパターン(※5)を測定します。次に、測定データを基に光学顕微鏡のレンズに相当する演算を、計算機を用いて代わりに行うことで、測定した回折強度分布から、粒子の電子密度の三次元分布を計算機内で再構成します。この手法では、X線の高い透過能に加え、試料の微小な回転(およそ1~2度程度)で試料の三次元像が得られることから、本研究で対象とした触媒粒子を始めとする結晶性試料のその場観察に適しています。
BCDIではX線散乱強度の観察に、結晶格子の変位に敏感なブラッグ回折を用いるため、得られる電子密度分布は本来の単純な実数ではなく、位相として結晶格子の変位情報を含む複素数となります。複素電子密度の絶対値として与えられる電子密度分布からは、原理的には原子番号の異なる元素の組成分布を取得できる可能性があります。しかし実際には、ブラッグ回折を通じて得られる電子密度分布には結晶格子の「乱れ」も影響するため、電子密度分布のみからは直接的に組成分布を決定することは困難でした。
そこで本研究では、BCDIで得られる電子密度分布の位相情報に着目しました。位相情報は格子の変位を反映するため、そこから粒子内の格子定数分布がわかります。さらに、ベガード則(※6)として知られる、格子定数と組成の関係を用いることで、粒子内部の組成分布が推定できます。以上のような測定を昇温した白金・ロジウム合金粒子に対して、酸化・還元環境下で行うことで、粒子内における組成分布変化のその場観察を行いました。
○成果の内容
その場観察は、試料を実際に触媒反応するような環境に置いた状態で実施する必要があります。そこで、本研究では、触媒が活性化される550 °Cに昇温した状態で、化学的に不活性なヘリウムと、活性な酸素、水素環境下で測定を実施し、粒子内部の格子定数分布を解析しました。さらに、得られた格子定数分布をベガード則を用いて組成分布に変換し、それぞれの環境下における組成分布を比較しました。
白金・ロジウム合金は昇温状態において、任意の組成でそれぞれの原子が均一に混ざり合う、全率固溶系であることが知られています。化学的に不活性なヘリウム環境下では、粒子内部の組成はこれまで知られている通り均一な組成でした。一方、酸素雰囲気下では、予測とは異なり粒子表面近傍で白金組成の濃化が見られました。さらに、雰囲気を水素還元環境に変えたところ、先ほどとは逆の組成、つまり粒子表面近傍での顕著なロジウム組成の濃化が見られました。 また、さらに温度を上げた700 °Cでは、粒子表面近傍でのロジウム組成の濃化が顕著になるとともに、粒子全体の平均組成の変化も見られました。つまり、白金ロジウム合金粒子の組成分布は、雰囲気や温度に応じて変化することが明らかとなりました。
○意義・課題・展望
本研究により、BCDIを用いると、合金粒子内部の組成分布とその変化のその場観察が可能であることがわかりました。また本結果は、合金触媒粒子の組成分布が周囲の環境に応じて、顕著に変化していることを示唆しています。一般に触媒反応はこのような合金触媒粒子表面で進行するため、粒子表面近傍の組成に強く影響を受けます。したがって、今回見られた組成再分配挙動の観測や、それを踏まえた触媒材料の設計は、今後の高性能合金触媒の開発に重要であると考えられます。
一方で、一般的な触媒粒子は数nm~数十 nmと今回観察した粒子に比べて非常に小さいことが知られています。したがって、さらに実際の状態に近い触媒粒子の観察を行うためには、本測定手法の空間分解能向上が必要不可欠です。BCDIの分解能は、観察に使えるコヒーレントX線の強度により規定されます。したがって、分解能の向上のためには、さらに高強度(高輝度)なX線光源の開発が求められます。現在、世界中で建設・稼働が進んでいる「次世代放射光施設」はそのような高強度のコヒーレントX線が利用できる施設です。これらの施設の実現によって、本手法の高度化、ひいては触媒研究の加速が期待されます。
○発表論文
雑誌名:Physical Review Letters
英文タイトル:Gas-induced segregation in Pt-Rh alloy nanoparticles observed by in-situ Bragg coherent diffraction imaging
全著者:Tomoya Kawaguchi, Thomas F. Keller, Henning Runge, Luca Gelisio, Christoph Seitz, Young Y. Kim, Evan R. Maxey, Wonsuk Cha, Andrew Ulvestad, Stephan O. Hruszkewycz, Ross Harder, Ivan A. Vartanyants, Andreas Stierle and Hoydoo You
DOI:https://doi.org/10.1103/PhysRevLett.123.246001
○専門用語解説(注釈や補足説明など)
※1 ブラッグコヒーレント回折イメージング(Bragg coherent diffraction (diffractive) imaging: BCDI)
一般に、コヒーレント回折イメージングは、コヒーレンスが高い光(主にX線)を試料に照射した際に生じる散乱パターンから、位相回復計算を用いて試料像を計算機内で再構成する、レンズを用いないX線顕微法。本研究で用いたブラッグコヒーレント回折イメージングは、そのような顕微法のうち、散乱強度の観察に結晶からのブラッグ回折を用いるもの。
※2 コヒーレンス(コヒーレント)
波の位相の揃い具合、干渉性の高さ。
※3 放射光
光の速さ近くまで加速された相対論的な荷電粒子(電子や陽電子)が、磁場により軌道を曲げられたときに進行方向に放射される電磁波。高い強度と指向性を有し、分析等様々な用途に用いられる。
※4 ブラッグ回折
主にX線領域で、結晶のように周期的な構造を持つ物質に光を照射した際に観測される、構造を反映した特定の方向に観測される強い回折光。
※5 スペックルパターン
コヒーレンスが高い光を物質に照射した際に生じる、斑点状の光散乱パターン。
※6 ベガード則
合金などの固溶体の化学組成の違いにより、格子定数が直線的に変化するという経験則。
○共同研究機関および助成
本成果は、東北大学金属材料研究所(市坪研)の河口智也助教、米国Argonne国立研究所Hoydoo You博士、ドイツ電子シンクロトロン研究所(DESY)、ドイツ・Hamburg大学、ロシア・National Research Nuclear大学の研究者との共同研究によるものです。また本研究は、米国エネルギー省(DOE)エネルギー基礎研究(BES)、 Advanced Photon Source におけるX線分析はDE-AC02-06CH11357、DESYにおける試料準備等は予算承認番号654360 NFFA-Europe に基づくEU-H2020、収束イオンビーム加工はBMBF (5K13WC3、 PT-DESY)、並びに日本学術振興会 海外特別研究員制度の支援により行われました。