2021/01/19 PRESS RELEASE:
Structure design for Mg-battery cathode active materials
マグネシウム蓄電池正極活物質の構造設計指針

高性能マグネシウム蓄電池の正極開発に道
~安全・安価・高エネルギー密度の次世代蓄電池の実現に向け大きく前進~

Advanced Materials 2002821 (2021)
2021年1月19日 13:00 | プレスリリース・研究成果

【世界初】高性能マグネシウム蓄電池の正極開発に道 安全・安価・高エネルギー密度の次世代蓄電池の実現に向け大きく前進
2021/01/19

【発表のポイント】
・マグネシウム蓄電池に適した酸化物系正極の新たな材料設計指針を構築
・従来の酸化物系材料を大きく凌駕する高サイクル特性を実証
・多価イオンを用いた次世代蓄電池開発の加速度的な進展に期待

【概要】 
 安価で豊富な元素を用いた高エネルギー密度の次世代蓄電池として、マグネシウム(Mg)蓄電池が有力視されています。Mg蓄電池は、従来のリチウム(Li)イオン電池で使用されているグラファイトの約6倍の理論容量を持つMg金属を負極に用いることができます。しかし、2価のMgイオンを可逆的に挿入・脱離(それぞれ放電・充電に対応)できる高性能な正極材料の開発が難しく、Mg蓄電池の高性能化実現に向けた大きな壁となっていました。
 東北大学金属材料研究所の下川航平助教(兼学際科学フロンティア研究所)および市坪哲教授をはじめとする研究グループは、同研究所の我妻和明教授、名古屋工業大学フロンティア研究院の中山将伸教授、東京都立大学の金村聖志教授らの研究グループと共同で、次世代蓄電池の有力候補であるMg蓄電池の高性能化を実現する新規正極材料の開発指針を見出すことに成功しました。
 本成果は、2021年1月18日にAdvanced Materialsにオンライン掲載されました。

【詳細】
Advanced Materials [DOI: 10.1002/adma.202007539]

東北大, 
東北大金研, 
日本経済新聞, 
マイナビニュース, 

【詳細な説明】
○研究背景
蓄電池とは、繰り返し充電できる電池のことをいいます。代表的にはLiイオン電池があり、これまでのものと比べてエネルギー密度が高いことから、コンパクトでパワフルな蓄電池としてポータブルデバイスなどに用いられ、私たちの生活の利便性を劇的に向上させてきました。近年では、こうした小型機器に加えて、持続可能社会を実現する上でのキーデバイスとして中・大型の蓄電池の重要性がますます増えています。例えば、電気自動車のさらなる普及のためには蓄電池の性能向上が必須であり、また自然エネルギーの利用時にも、電力平準化のためにエネルギーの一時保存場所としての蓄電池が必要になります。そうした中・大型の蓄電池には、さらなる高エネルギー密度化だけでなく、安価で豊富な元素を用いた、安全な蓄電池の設計が必要になります。

そのような蓄電池の有力候補として、負極にMg金属を使用するMg蓄電池があります。Mgは、地殻埋蔵量がLiと比べてはるかに多いことに加えて、Liイオン電池の負極材料であるグラファイトの約6倍の高容量を有することから、Mg蓄電池は安価でLiイオン電池を凌ぐ高容量の蓄電池として開発が期待されています。しかし、既報の高サイクル特性を示す正極材料は、Mg基準で1ボルト級の硫化物系材料などに限られておりエネルギー密度の向上は見込めないことから、より高電位を実現できる酸化物系の正極材料の開発が強く求められています。本研究グループでは、高電位・高容量を示すスピネル型酸化物に着目してこれまで研究を行ってきましたが、サイクル特性が乏しいことが問題でした。これら従来の材料では、Mgイオンの挿入(放電)により岩塩型構造への相転移が容易に生じるため、Mgイオンの拡散の遅い岩塩相が活物質粒子の表面を覆うことで充放電の進行を妨げることや、相境界の局所ひずみによる活物質粒子の破壊などがサイクル劣化の要因として考えられました。

○成果の内容
サイクル劣化を抑制するため、本研究ではMgイオンの新たな拡散パスおよび収納サイトを導入することを目的とし、従来のスピネル型構造の八面体サイトにカチオン(陽イオン)欠損を有する欠陥スピネル型構造に着目しました。そして、スピネル型構造を安定化する亜鉛(Zn)、高価数の4価でも安定なマンガン(Mn)を用いた、Zn-Mn系欠陥スピネル型酸化物のZnMnO3を利用することにより、高電位(2~3ボルト級)・高容量(約100 mAh/g)を保ちつつ、従来の材料を飛躍的に凌駕する高サイクル特性の実現に成功しました。

さらに、本研究ではそのような高サイクル特性が実現される仕組みを、計算と実験の両面から詳細に分析しました。遺伝的アルゴリズムを用いた第一原理計算から、八面体サイトにカチオン欠損を有する欠陥スピネル型構造がZnMnO3の安定構造であることを確認し、またMgイオンがエネルギー的に優先してカチオン欠損サイトに挿入されることを明らかにしました。欠陥スピネル型構造のZnMnO3のナノ粒子を合成して詳細な構造解析を行い、計算で予測された構造とおおむね一致することを示しました。電気化学測定は、Mgイオンの拡散を促進するため、150℃に昇温したイオン液体を用いて行いました。カチオン欠損サイトへのMgイオンの挿入が優先される放電範囲では、従来の密な岩塩相を生成する反応ではなく、構造変化の抑制された放電反応(Mgイオンの挿入)が進行することが示唆されました。このような充放電容量の範囲内(約100 mAh/g)でZnMnO3の充放電試験を行うことで、100サイクル超の充放電が 100日以上安定して実現することを示しました。充放電時のエネルギー密度(Mg金属負極の重量と理想的な電位を考慮した値)は200~300 Wh/kgと見積もられ、これは従来型のLiイオン電池の理論エネルギー密度(370 Wh/kg 程度)に迫る値です。

○意義・課題・展望
本研究成果は、長年の課題であった Mg 蓄電池用正極の高性能化に道を拓くものであり、高エネルギー密度のMg蓄電池の実現に向けて加速度的な研究開発の進展が期待されます。一方で、現状では作動温度が高く、室温作動に向けては今後の材料設計による性能向上が必要ですが、中温作動(100~150℃)の安全・安心な大型蓄電池としての利用も有望です。また本研究では、Mg蓄電池に適した酸化物系正極材料の一般的な設計指針を示したことから、派生した材料開発が今後世界的に活発化することが予測されます。

○発表論文
雑誌名: Advanced Materials
英文タイトル: Structure Design of Long-Life Spinel-Oxide Cathode Materials for Magnesium Rechargeable Batteries
全著者: Kohei Shimokawa, Taruto Atsumi, Norihiko L. Okamoto, Tomoya Kawaguchi, Susumu Imashuku, Kazuaki Wagatsuma, Masanobu Nakayama, Kiyoshi Kanamura, and Tetsu Ichitsubo
DOI: 10.1002/adma.202007539